脱力した人の日々。

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山下博司『古代インドの思想: 自然・文明・宗教 』(ちくま新書)

 

古代インドの思想: 自然・文明・宗教 (ちくま新書)

古代インドの思想: 自然・文明・宗教 (ちくま新書)

 

目次

第一章 インドの大地と自然

第二章 インダス文明と原ヒンドゥー

第三章 アーリヤ人の侵入とヴェーダの神々

第四章 ウパニシャッドから仏教・ジャイナ教

第五章 仏教と雨 

 

 最近のニュースによると日本史必修化の流れが進んでいるらしい。となると、現在の必修である世界史をどうするかという問題がある。案としては、日本史のみを必修化の他に、日本史と世界史を一緒にした新教科を必修教科として設ける。または日本史、世界史そして地理を1つにした新教科を必修にするという案もあるらしい。日本史と世界史を一緒に教えられるの?という声もあるらしいし、さらに地理も一緒にするとなると「何を目的に教えるの?」なんて言われるかもしれない。しかし、それぞれの地域の歴史とは自然環境に大きく影響されているものだし、その地域の文化や産業を学ぶには地域に住む人々の歩んできた歴史を知る必要がある。世界や日本を深く知るために「地理」「歴史」という区分を明確にせずに対象そのものを総合的に学ぶのは実はスタンダードな姿であるのだ。

 

 さて、今回紹介する本は「思想」の本である。しかし、思想をつらつらと述べて終わりという概説本ではない。インドの地理的要素、インドの歴史をふんだんに取り上げている。著者は環境と文化の間に緩やかな連関があることは否定できない(「はじめに」より)という立場から、地理学者の鈴木秀夫の論説などを多く取り上げ、インド思想や古代に誕生した宗教のあらましをインドの豊潤かつ多様な姿を見せる自然との関連から描こうとしている。

 

 内容としては仏教の誕生やヒンドゥー教のあらまし、カースト制度の萌芽などについても勉強できる本ではある。しかし、この本はそれ以前の『ヴェーダ』時代の思想、文明に特に詳しい。例えば、中身を見ていくと日本とインドの神々への捉え方は大きく異なるところが見えてきたりするのは興味深い。

 

 一言でいえば、ヴェーダの宗教は多神教である。とはいえ、多くの神々が並列的に独立の崇拝対象になるわけではない。『リグ・ヴェーダ』の神々は、時に呼称、属性、事績を共有するなど、個性の違いが曖昧である。讃歌の主題となった神が最大限の讃辞をともなって言及され、あたかも最高神のように扱われることから、比較宗教学者のマックス・ミュラー(1823〜1900)は、かつて『リグ・ヴェーダ』の宗教を「単一神教」と形容した。(P.150)

 

 日本もインドも豊かな自然のもとに多神教が広まった土地である。しかし、インドには「一にして多」「多にして一」という後のヒンドゥー教の神々の姿に見られるような「一神教的な揺らぎ」も存在すると著者は述べる。先住民の有する森林的思考様式の産物である多神教遊牧民族の民、アーリヤ人がインドに持ち込んだ多神教という二つの伝統の接触、交錯や総合の過程をこの本で見ていくと、日本の古事記以来の多神教的信仰との差異を感じられるのは間違いない。

 

 古代インド思想の歩みを概観しようとするならば、まずは地理的条件を丁寧に取り上げて、1つ1つの歴史的な歩みを当時の自然や気候と関連づけながら検証する。その上で当時の人々の思想、生活へと話が展開していく。このような本書のスタイルは先の日本史、世界史、地理という学問や教科の区分けを超えたところでの学びがいかに有意義で面白いものであるかを僕たちに教えてくれるものなのだ。